労働協約の締結によって、労働条件を不利益に変更できますか?

執筆者
弁護士 竹下龍之介

弁護士法人デイライト法律事務所 弁護士

保有資格 / 弁護士

質問マーク労働協約の締結によって、労働条件を不利益に変更することはできますか?

できるとすれば、限界はあるのでしょうか?

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弁護士の回答

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労働協約の締結労働条件の不利益変更は認められます。

もっとも、組合内部の意思形成に瑕疵がある場合や、一部の組合員を不利益に取り扱うことを目的として協約が締結されたような場合には、不利益変更は認められず無効となります。

 

 

解説

労働条件の不利益変更

労働協約のイメージ画像協約自治の原則(くわしくはQ&A「労働協約の締結により、すでに退職した者の退職金も引き下げられますか?」をごらんください。)からは、新たな労働協約の締結により、従来よりも労働者に不利益な労働条件が定められたとしても、それが規範的効力をもって組合員を拘束するため、結論として、個々の組合員の労働条件が引き下げられることになります。

判例も、労働協約による労働条件の不利益変更が認められることを前提として、「協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結された」場合にかぎって例外的に、不利益変更を否定する立場を明確にしました(朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件・最一小判平9.3.27労判713号27頁)。

この点、就業規則による労働条件の引下げとは明確に区別されます。

就業規則による労働条件の引下げは、原則として認められず(労契法9条柱書)、法定の要件(労契法9条但書、同10条)を満たした場合に限って、例外的に認められるに留まります。

では、なぜこのような差異が生じるのでしょうか?

この点については、労働協約及び就業規則がどのような手続を経て制定されるかに遡れば、答えはみえてきます。

まず、労働協約は、労働者の集団的な意思が介在した「共同意思」の産物です。

労働協約は、使用者と労働組合の意思表示の合致により成立するものですから、個々の労働者の意思も共同意思として当該協約に反映されています。とすると、たとえ、労働条件の不利益変更を認める内容の労働協約であったとしても、使用者と労働組合との間で意思表示の合致がみられた以上は、それもまた有効になるわけです。

この点、就業規則は、使用者が、労働者の過半数代表の意見を聴取するという手続は踏むものの、結局のところ、使用者が一方的に作成・変更するものになります。すなわち、就業規則には労働者の意思が反映されているわけではないため、法により、不利益変更に歯止めをかける必要があるということになります。

【参考裁判例】朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件 最一小判平9.3.27(労判713号27頁)

判例のイメージイラスト本件労働協約は、上告人の定年及び退職金算定方法を不利益に変更するもの(※筆者注:本件では退職金の支給基準率が71.0から51.01に引き下げられました)であり、昭和53年度から昭和61年度までの間に昇格があることを考慮しても、これにより上告人が受ける不利益は決して小さいものではないが、同協約が締結されるに至った以上の経緯、当時の被上告会社の経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。

 

不利益変更の限界

もっとも、労働協約による労働条件の引き下げも一定の限界に服さざるを得ません。

では、いかなる場合に、かかる不利益変更が、協約自治の限界を超え、許されないということになるのでしょうか。

それは主に以下の2つの場合ということになります。

組合内部の意思形成に瑕疵がある場合

団体のイメージイラストまず、労働協約の締結にあたって、組合内部の意思形成に瑕疵がある場合があげられます。組合員が労働協約による労働条件の不利益変更を甘受すべきなのは、それが労働者の集団意思を媒介とした共同決定によるものだからです。

ところが、この集団意思の形成過程において民主的手続に問題がある場合には、労働協約は、個々の組合員にとって、共同決定ではなく他人決定に等しいものになります。

裁判例も、不利益変更を定める労働協約については、民主的手続を重視するものが多く、神姫バス事件(神戸地姫路支判昭63.7.18労判523号46頁)は、労働条件の重大な不利益変更のためには、「労働組合内部における討論を経て組合大会や組合員投票などによって明示あるいは黙字の授権がなされるなどの方法によってその意思が使用者と労働組合の交渉過程に反映され」ることが必要としています。

組合員の意思が、協約締結に至る交渉過程にきちんと反映されているかという視点を裁判所は重視しています。

【参考裁判例】神姫バス事件 神戸地姫路支判昭63.7.18(労判523号46頁)

バス会社のイメージ画像一般に、労働協約のいわゆる規範的効力は労働者の団結権と統制力、集団規制力を尊重することにより労働者の労働条件の統一的引き上げを図ったものであるから、仮に従前の労働条件を切り下げる内容の労働協約についてもその趣旨に反しないかぎり原則として労働協約のいわゆる規範的効力が及ぶと解されるが、労働組合の有する団体交渉上の決定権限も無制限ではなく、個々の労働者に任されるべき権利の処分などの事項については当然その効力が及ぶものではないし、一定の労働者に対して賃金の切り下げになるなど著しい労働条件の低下を含む不利益を認容する労働協約を締結するような場合には個々の労働者の授権まで必要とはいえないけれども労働組合内部における討論を経て組合大会や組合員投票などによって明示あるいは黙示の授権がなされるなどの方法によってその意思が使用者と労働組合の交渉過程に反映されないかぎり組合員全員に規範的効力が及ぶものではないというべきである。

 

一部の組合員に甚だしい不利益を課すことになる場合

解雇のイメージイラスト一部の組合員に甚だしい不利益を課すことになる協約条項は、たとえ、組合内部の意思形成に瑕疵がない場合(民主的手続に問題がない場合)であったとしても、規範的効力は生じないと考えるべきです(西谷361頁)。

というのも、多数決原理は、構成員の同質性を前提としますが、組合員の地位・年齢・性別などによって利害が大きく異なる場合には、多数決原理に全面的な信頼を置くことはできないからです。

この点について、裁判例は、労働条件の不利益変更を内容とする労働協約については、特に手続違反があった場合に、付随的に協約内容の合理性を問題にして、協約の規範的効力を判断しています(中根制作所事件・東京地判平11.8.20労判769号29頁、東京高判平12.7.26労判789号6頁)。

このように労働協約の内容の審査については、協約自治を尊重するためか、裁判所には消極的な傾向がみられます。

【参考裁判例】中根制作所事件 東京地判平11.8.20(労判769号29頁)東京高判平12.7.26(労判789号6頁)

製造などのイメージ画像前記一3によれば、労働組合規約13条3で労働協約の締結は大会附議事項とされているにもかかわらず、本件労働協約締結に先立って組合大会における決議が行われていない(争いのない事実)。しかし、前記一3のとおり、労働協約の締結に際し、20年以上も組合大会が開催されたことはなく、職場会における意見聴取、代議員会の決議を行うという方法で労働協約の締結をしてきたという実態に照らせば、組合大会が開催されなかったからといって、本件労働協約が直ちに無効であるとするのは相当でない。ただ、右のように、組合大会で決議せず、代議員会の決議のみで労働協約の締結がなされてきたという実態は、組合大会を開催するまでもなく、代議員会の決議だけで、組合大会に代えることのできる程度に各組合員の意見が反映され、各組合員が代議員会に対し、労働協約締結の権限を委任していることを前提として是認されてきたものと解するべきである。したがって、少なくとも、労働協約の締結に関し、右のような前提を欠くとすれば、そのような労働協約には、規範的効力が発生しないと解するのが相当である。

 

 





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